まんがでわかる広島「もみじ饅頭の起源が伊藤博文のセクハラだった件」


以前からもみじ饅頭の起源がすごいなあと思っていたので、記事担当のHOM1号(カワサキ)より絵が達者なHOM2号(※)に漫画を描いてもらいました! うむ、これはひどい。

※:HOM2号は「宮原家の倉橋ちりめん物語」「宮島文庫」「コスカレード」のキャラデザイナーです。イラスト仕事は1号(私=カワサキ)と2号で分業してやってます。

まんがでわかる広島「もみじ饅頭の起源が伊藤博文のセクハラだった件」

まあセクハラってのは言い過ぎかもしれませんが、ちょっと笑える起源ですよね。

伊藤博文の冗談が起源とする説について
もみじ饅頭の起源には伊藤博文がかかわっていたという説があり、今日でも広く流布している。内容は、「伊藤が岩惣の茶屋で休憩していた折、給仕した娘の手を見て『なんと可愛らしい、もみじのような手であろう。焼いて食うたらさぞ美味しかろ』と冗談を言ったのを岩惣の女将が聞きとめ、饅頭屋がこの話をヒントに考案した」というものである。伊藤は当時から厳島びいきで知られ、たびたび島に滞在していた上(厳島の項目を参照)、当時すでに総理大臣を辞して大勲位にあって「女好きの好々爺」というイメージが民衆の間に確立していたことから、この説は広く受け入れられた。現在でも、大手もみじ饅頭メーカー(例えばやまだ屋:もみじ饅頭の由来)や地元の宮島観光協会(宮島観光協会:もみじ饅頭)が由来として掲げるほど親しまれている説である。実際にはそのようなエピソードの記録は公式に残っているわけではない。前述の高津常助はこのあたりの状況を熟知していると考えられるが、伊藤とのつながりを認めたことはない(ただし否定したこともない)。そのため「茶屋の娘へのお色気冗談」説は、あくまで俗説・噂にとどまる。ただし高津の和菓子屋「高津堂」は伊藤の定宿である岩惣の門前にあり、取引先の岩惣の依頼でもみじ饅頭を考案したのであって、高津と伊藤が互いを認識していた可能性はある。またマスコミや記録媒体が発達途上であったこの時代、休暇中の伊藤の冗談まですべて記録することには無理があり、この冗談もすべて創作と断じることはできない。
Wikipedia「もみじ饅頭」より)

あと、もみじ饅頭の元祖・高津堂さんのサイトの「もみぢ饅頭 誕生の由来」の絵を見るたび笑ってしまう。

高津堂「もみぢ饅頭 誕生の由来」
高津堂サイト「もみぢ饅頭 誕生の由来」より

どうみてもアヘ顔です。本当にありがとうございます。

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